みんなすぐに忘れ、そして覚えていく。

キャピタリスティックな友情にももううんざり、どうして今更カップル単位の物事を、多くの社会で

信じられているのか?理解ができない。

 

20.june.2018

 大学の頃に住んでいたアパートの通りの景色を夢に見た。

その通りや、アルバイトの帰りに自転車で通っていた道に建っているすごく古いアパートや、夜の道、の空気や匂いを思い出した。

 日本のアパートはとても簡易的な作りで、天井も低くて廊下も狭くベランダも隣の部屋といつでも破れるような壁で繋がっていただけで、安全な場所に居るという気持ちではなかった。地震が多い国だから、新しく壊しやすい建物が街に溢れている、という小学生から老人までの頭の中にある共通認識は本当は嘘なんじゃないかと思う。私の感想からすると、ウィーンの建物の方が頑丈そうで、住んでいて安心するし、地震がきてもそう揺れないだろうなと思う。第一、57階建てなんてまず存在しないから地震が来てもすぐに逃げ出せるだろうし、街の雰囲気も退廃的なのでそう落ち込まないだろうなと思う。ウィーンの方が震災後の街といった感じがして、ここに住んでいる人達の方がよっぽど地球の資源が無限ではないこととか、人間はいつか死ぬこととかを受けとめて生きているのではないかと思う。ウィーンでは今の点から死ぬ日までを繋げようとし、東京では生まれた日から今の点が繋がっている。だから東京では、努力とか、美容整形とか、いつまでも若くいようとか、過労死とか、肉体がいつの間にか消えてもいいようなグラフィカルな欲望ばっかり流行っているんだと思う。東京に住んでいる人達のあのマインドが懐かしくないわけではないけれど、今東京に帰ってしまうと、自分の肉体と会話する機能がまた消えてしまう気がする。

 外国に住んでいるせいでもはやどちらの世界も(日本語と、ドイツ語英語)夢のなかみたいで、それについて正面から考えようとするとクラクラするするし、はっきり言って寂しすぎる夜にはカラオケとか居酒屋とかお金払えばデートしてくれる人とかが欲しいけど、ここにはそういうものはないのでそんな夜にはミニマル音楽とかポエトリーリーディングとか見に行って余計落ち込むけど、落ち込む時には落ち込むことしかできないのだから仕方がない。誰も他人を助けることはできない。だからこそ自分と他人のメディウムになる可能性があるものを求めて何かを作ったり、結論が出なくても話し合ったりした方がいいんだと思う。いつまで住むのか分からないけれど、私は自分が実験体でいることを割とおおらかな気持ちで受け留められるので、ここでの生活は思ったより長くなると思う。

 

ーーーー1月15日、2018年

いつも壁に向かって話しかけているみたいな感覚。

でも気持ちがいい。

私にも何も届かない、私の声も聞こえない。

音に、声に、見るもの全てに感動する。

触れるものにも、触られることにも嬉しいとすら思う。

アダルトビデオの見過ぎで不感症になってしまったのなら、

アダルトビデオをもっと見ればいい。見た先に何があるのか、

知らなければいけない。

私は怖かった。

他人が怖かった、触ることが怖かった、学者ぶって作品を作ることが怖かった。

痛覚や気に入らなかった人たちをミキサーに入れて全部混ぜたみたいな気持ちで毎日生きていた。

みんな誰かの恋人で、みんな誰かの子どもで、親であることが怖かった。

別れすら喜びに思おう、

ここにいることを当たり前と思わないで、

毎日嬉しいと思おう。

毎日私はstrangerで、

毎日私は誰かの恋人で、

あなたの為にここに居る。

そういう気持ちで毎日絵を描こう。

ヨーロッパに来てもうすぐ半年が経つ。

私は今生きていて、確かにここに影がある。

誰かの習慣を大切に思おう。

誰かの代わりに泣いてみよう。

そうすることでしか、「世界」を知ることができない。

自分のことを愛しいと思うのが先か、自分が死ぬのが先か。

私には分からないけど、

そういうことを受け止めてみよう。

なんとなく眠りに落ちるのが怖いとき、

確かに「手」はあって、

ずっと繋いでいる。