いつも壁に向かって話しかけているみたいな感覚。

でも気持ちがいい。

私にも何も届かない、私の声も聞こえない。

音に、声に、見るもの全てに感動する。

触れるものにも、触られることにも嬉しいとすら思う。

アダルトビデオの見過ぎで不感症になってしまったのなら、

アダルトビデオをもっと見ればいい。見た先に何があるのか、

知らなければいけない。

私は怖かった。

他人が怖かった、触ることが怖かった、学者ぶって作品を作ることが怖かった。

痛覚や気に入らなかった人たちをミキサーに入れて全部混ぜたみたいな気持ちで毎日生きていた。

みんな誰かの恋人で、みんな誰かの子どもで、親であることが怖かった。

別れすら喜びに思おう、

ここにいることを当たり前と思わないで、

毎日嬉しいと思おう。

毎日私はstrangerで、

毎日私は誰かの恋人で、

あなたの為にここに居る。

そういう気持ちで毎日絵を描こう。

ここに来てもうすぐ半年が経つ。

私は今生きていて、確かにここに影がある。

誰かの習慣を大切に思おう。

誰かの代わりに泣いてみよう。

そうすることでしか、「世界」を知ることができない。

自分のことを愛しいと思うのが先か、自分が死ぬのが先か。

私には分からないけど、

そういうことを受け止めてみよう。

なんとなく眠りに落ちるのが怖いとき、

確かに「手」はあって、

ずっと繋いでいる。

 

彼は、私の前で弱くなるのが難しいと言った。

私は、彼の前で強くなるのが難しいと思った。

 

この2行が向かい合っているように、

私たちもテーブルを挟んで、向かい合っていた。

ヨーロッパに来てからめっきり床に座る習慣が無くなってしまって、

そのことは私達の関係にも不要な真面目さを加えているよう。

 

 

 

次の日、拾ってきた木材や植木鉢を使って、小さなちゃぶ台を作った。

そのそばに座って、とりとめのないことを話した。

カーペットの上にごろんと寝転ぶ彼は、大きな猫みたいにリラックスしていた。

 

 

 

日本語は難しい。

一つの形容詞や副詞に、沢山の意味がこめられていて、それを使いこなすのに必死でいつのまにか見えなくなるものもあるのだ。

 

 

 

私は誰かと家族になりたいと思っているけど、

一人暮らしが長かったので、なんでも自分でやってしまう癖がある。

他人が何かしているのを落ち着いて待つことができない。

 

 

 

この人と家族になりたいと思えた人が居た。

彼の家族に会ったとき、彼の家族ごと私は全てが気に入ってしまった。

 

 

だけど人生80年、そう巧くはいかないものだ。

私は生を貰って、自分の性格を、感受性を貰ってここにいる。

 

 

全部自分のものだって言うと、わがままかもしれないけど、

もう28歳だし、自分で舵を取る楽しさが、作品にも人生にも、有る。

 

 

私は日本語の世界にも英語の世界にも自分を閉じ込めておくことができない。

だけどこの2つは、圧倒的に違い、確実に似ている。

 

 

He tries to be weak, で、

私は強くなろうとしている。

 

 

この2人は電話で話しながら、お互いにお互いが見ている景色の美しさを説明する。

彼女は一本の木の背が高いところを褒め、彼は水面に浮かぶゴミ袋を写真に撮りたいと思う。

しかし結局、彼らは同じ公園を散歩していて、5分後にこの偶然を信頼の証として忘れないでいることに決めた。

 

 

 

 

 

28th.Oct.2017

どこが大文字になるのか、どこが小さくなるのか。

果たして私の作品は饒舌な生き物なのか。

英語は饒舌か。日本語は寡黙か。

漢字に生かされ、ひらがなに殺される性よ。

ただ、笑え。

眉毛の一本も無駄にしてはならない。

こうしてただ生きているだけなのに

どうしてこんなにお金がかかるの。

爪一本を塗りたいことは

贅沢なことなの。

 

 

 

—-3rd October 2017

How am I?_______(silence)

_____I don’t know.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13rd.June.2017

そんな言葉でいいの!?

滑っていく、どうしよう、どうしようもない

「風が吹いてカーテンの隙間だ開く、光があらわれる」

この程度の情報は、誰かと共有した方がいいのかもしれない

どこに行くのか、どこに居るのか分からない

風、が吹いて、散らばるオセロの白と黒と

聞き取れなかった歌詞

次のメロディーが来るまで

それを口のなかで泳がせている

7.May.2017

Exhibition blind at Vacuum Galley

 


 

exhibition at Vacuum Gallery in Beijing

展期 | Dates:
2017.02.26 – 03.12

reference:

https://www.facebook.com/media/set/?set=a.1616007095081996&type=3&__xts__[0]=68.ARBA1HgvFq_cRw4iieJPMc3-Ed8a9gVIp0Roq2pkig_HhZ9AZt9c8_kxszyYoFn9PAjSzAZt6FlQ7742obJfdkFo2yBb7VhSd12ggJvo-H7nnsCRFNA86mMz_BLl0nWax6ptZKM0x9s8dYjY8kKm_1gDVic3NH-98xEUwqWMrJl2QVXOoLNdnPNdKxxMRpLre2ZIjv_JaSKfSMH_E2kBXOLpU5fdQoyPk8YcBfdfBNoXKoWqP9rbx8kEMlAOCqG7NaFG9zluqPOV3NgK7pbETuMO98_ed9jyDs5dyiNpi6Fa6hiTfwQqs_A4FkZbkfuGcwGQ9aPtpLVUEWO7f0CQWpoQ-bHKpg9Q72N26Q6UxhHYxk9EW47jt5CxnBJ0MbXXxw-UElQSa4gHLtzi7iSWOKtJSEtr5jRl-iu8-i9xnLCEgzkYyQH17B6MqvrMKq6-1ffquOT3aVAmDwuUPFG_G6QsCw&__tn__=-UC-R

this is not my language

this is not my language

this is not my language

 

これは私の言語ではない

これは私の言語ではない

これは私の言語ではない

 

四本足

二本足

奇数の足は無いものか

性愛

無性愛

突然誰かを思うこと

「歩くことを止めないというルールだけがあるのです」

自分の棺桶には誰も連れていけない

友情

なんでもないからだ

情報で小さくなる

失くしたと思っていた

スケジュール手帳は

鞄のなかに入っていた

よかったまだ人でなしじゃなかった

熱が出て転んで頭を打った

偶数の足を持っていたからだ

憧れの一本足

歩くことを夢見る足

義足を隠された子どものように

空白を埋める

馬鹿みたいな午後